Shimogamo Shrine  下鴨神社(賀茂御祖神社) 長い参道 <京都市>


下鴨神社は正式には「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」と呼ぶ。


京都は鴨川を中心に町づくりがなされており、鴨川の下流にまつられているお社というところから

「下鴨(しもがも)さん」とか「下鴨神社(しもがも)」と親しく呼ばれている。


東西の二殿の本殿はともに国宝。



賀茂川(鴨川、加茂川)と高野川が交差する辺りから参道がはじまる。



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フリーマーケットが開かれるようだ。



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境内図



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「賀茂御祖神社(下鴨神社)」駒札



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まだまだ参道は続き、広い森の中を行く。


ここが、約十二万四千平方メートルに及ぶ境内の自然林は「糺(ただす)の森」と呼ばれ、

平安朝以前の原生林を残す貴重な森林。



夏目漱石「京に着ける夕」より

 子規と来て、ぜんざいと京都を同じものと思ったのはもう十五六年の昔になる。夏の夜の月円きに乗じて、清水の堂を徘徊して、明かならぬ夜の色をゆかしきもののように、遠く眼を微茫の底に放って、幾点の紅灯に夢のごとく柔かなる空想を縦ままに酔わしめたるは、制服の釦の真鍮と知りつつも、黄金と強いたる時代である。真鍮は真鍮と悟ったとき、われらは制服を捨てて赤裸のまま世の中へ飛び出した。子規は血を嘔いて新聞屋となる、余は尻を端折って西国へ出奔する。御互の世は御互に物騒になった。物騒の極子規はとうとう骨になった。その骨も今は腐れつつある。子規の骨が腐れつつある今日に至って、よもや、漱石が教師をやめて新聞屋になろうとは思わなかったろう。漱石が教師をやめて、寒い京都へ遊びに来たと聞いたら、円山へ登った時を思い出しはせぬかと云うだろう。新聞屋になって、糺の森の奥に、哲学者と、禅居士と、若い坊主頭と、古い坊主頭と、いっしょに、ひっそり閑と暮しておると聞いたら、それはと驚くだろう。やっぱり気取っているんだと冷笑するかも知れぬ。子規は冷笑が好きな男であった。

 子規と来て、ぜんざいと京都を同じものと思ったのはもう十五六年の昔になる。夏の夜《よ》の月|円《まる》きに乗じて、清水《きよみず》の堂を徘徊《はいかい》して、明《あきら》かならぬ夜《よる》の色をゆかしきもののように、遠く眼《まなこ》を微茫《びぼう》の底に放って、幾点の紅灯《こうとう》に夢のごとく柔《やわら》かなる空想を縦《ほしい》ままに酔《え》わしめたるは、制服の釦《ボタン》の真鍮《しんちゅう》と知りつつも、黄金《こがね》と強《し》いたる時代である。真鍮は真鍮と悟ったとき、われらは制服を捨てて赤裸《まるはだか》のまま世の中へ飛び出した。子規は血を嘔《は》いて新聞屋となる、余は尻を端折《はしょ》って西国《さいこく》へ出奔《しゅっぽん》する。御互の世は御互に物騒《ぶっそう》になった。物騒の極《きょく》子規はとうとう骨になった。その骨も今は腐れつつある。子規の骨が腐れつつある今日《こんにち》に至って、よもや、漱石が教師をやめて新聞屋になろうとは思わなかったろう。漱石が教師をやめて、寒い京都へ遊びに来たと聞いたら、円山《まるやま》へ登った時を思い出しはせぬかと云うだろう。新聞屋になって、糺《ただす》の森《もり》の奥に、哲学者と、禅居士《ぜんこじ》と、若い坊主頭と、古い坊主頭と、いっしょに、ひっそり閑《かん》と暮しておると聞いたら、それはと驚くだろう。やっぱり気取っているんだと冷笑するかも知れぬ。子規は冷笑が好きな男であった。





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神木



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ようやく次の鳥居が見えてきた。



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復元された古の小川「奈良の小川」



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御手洗



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世界遺産説明文



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楼門が見えてきた。



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さざれ石



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夏目漱石「京に着ける夕」より

 暁は高い欅の梢に鳴く烏で再度の夢を破られた。この烏はかあとは鳴かぬ。きゃけえ、くうと曲折して鳴く。単純なる烏ではない。への字烏、くの字烏である。加茂の明神がかく鳴かしめて、うき我れをいとど寒がらしめ玉うの神意かも知れぬ。
 かくして太織の蒲団を離れたる余は、顫えつつ窓を開けば、依稀たる細雨は、濃かに糺の森を罩めて、糺の森はわが家を遶りて、わが家の寂然たる十二畳は、われを封じて、余は幾重ともなく寒いものに取り囲まれていた。
  春寒の社頭に鶴を夢みけり

 暁《あかつき》は高い欅《けやき》の梢《こずえ》に鳴く烏《からす》で再度の夢を破られた。この烏はかあとは鳴かぬ。きゃけえ、くうと曲折して鳴く。単純なる烏ではない。への字烏、くの字烏である。加茂《かも》の明神《みょうじん》がかく鳴かしめて、うき我れをいとど寒がらしめ玉うの神意かも知れぬ。
 かくして太織の蒲団を離れたる余は、顫えつつ窓を開けば、依稀《いき》たる細雨《さいう》は、濃かに糺の森を罩《こ》めて、糺の森はわが家《や》を遶《めぐ》りて、わが家の寂然《せきぜん》たる十二畳は、われを封じて、余は幾重《いくえ》ともなく寒いものに取り囲まれていた。
  春寒《はるさむ》の社頭に鶴を夢みけり



漱石俳句db 1918  春寒の社頭に鶴を夢みけり
http://sosekihaikushu.at.webry.info/201005/article_588.html



「下鴨神社 本殿の狛犬」へ続く


2011年10月23日
京都市左京区下鴨泉川町59


関連

下鴨神社
https://www.shimogamo-jinja.or.jp/

賀茂御祖神社@Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%80%E8%8C%82%E5%BE%A1%E7%A5%96%E7%A5%9E%E7%A4%BE








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